首都圏外郭放水路
首都圏の地下に、超巨大な神殿のような施設があるのをご存じでしょうか?
まるで古代ギリシャのパルテノン神殿のような施設が、埼玉県春日部市を中心とした地下に存在しているのです。
パルテノン神殿
その施設は、『首都圏外郭放水路』。
首都圏での水害を軽減することを目的とした治水施設(放水路)です。
春日部市の上金崎地から小渕にかけての全長約6.3キロメートル、国道16号直下約50メートル地点に設けられ、地下放水路としては世界最大級といわれています。
周辺の中川、倉松川、大落古利根川、18号水路、幸松川といった中小河川が洪水となった時、これらの洪水の一部を江戸川に流し、洪水の被害を軽減する役割を持ちます。
この施設が必要となった背景には、中川・綾瀬川流域で発生した度重なる浸水被害が挙げられます。
いったいなぜ中川・綾瀬川流域は、大雨のたびに浸水被害を繰り返してきたのでしょうか?
綾瀬川流域
中川流域はかつて、利根川、荒川が洪水のたびに流路を変え、昔から浸水被害に悩まされてきました。
この流域は他地域に比べて地盤が低く、水がたまりやすい地形です。
地形的にも、利根川、江戸川、荒川という3つの大河川に囲まれ、水がたまりやすい皿のような地形になっています。
さらに、河川の勾配がゆるやかで水が流れにくい特徴があり、ひとたび大雨に見舞われるとすぐには水位が下がらす、危険な状態が続く場所でもありました。
地形高低差
江戸時代初期の利根川東遷事業以降は水田として開発されましたが、高度経済成長期の都市化で浸水被害が頻発するようになりました。
急激な都市化により、洪水被害を防ぐための河川整備や下水道整備が追いついていなかったことも、これまでに幾度となく洪水被害を受けてきた原因の一つでした。
今後さらに都市化が進めば、過去とは比較できないほど甚大な被害を受ける恐れがあります。
水害から地域を守るためには、これまでの治水施設の整備に加え、開発により損なわれた川本来の保水・遊水機能を取りもどし雨水が一気に川へ流れ込むのを防ぐ、地域一体となった流域対策が必要でした。
それが、流域全体が一丸となって取り組み、水害に強い街づくりを目指す「中川・綾瀬川総合治水対策」です。
なかでも、『首都圏外郭放水路』はその大きな柱として期待されています。
この『首都圏外郭放水路』は1993(平成5)年3月に着工し、2002(平成14)年6月に一部供用を開始した後、2006(平成18)年6月から全区間の完成と全川の供用が開始されました。
この放水路の公式の愛称は「彩龍の川(さいりゅうのかわ)」で、銘板にもその名が刻まれています。
銘板
トンネルの長さは、春日部市上金崎から小渕までの約6.3キロメートル、内径は約10メートルで、国道16号の地下50メートルを通っています。
地下50メートルという、地下鉄よりも深い地下に放水路が造られた理由は、地上では将来の土地利用に影響があることや、地域が分断する恐れがあったためです。
また通常、用地取得には時間がかかるため、事業効果を早く実現するためには地下に建設したほうがスムーズと判断されたことも理由のひとつです。
なお、トンネルを掘削した土は、江戸川の堤防に再利用されています。
トンネル
工事費は約2300億円です。
台風や大雨により中川、倉松川、大落古利根川などの周辺河川が増水した際、洪水を防ぐため流量容量を超えた水を貯留し、江戸川に排水する仕組みとなっています。
そのため、地下河川であると同時に、巨大な洪水調節池としての機能があります。
この放水路の開通により、洪水常襲地帯だった倉松川流域などで洪水が減少しています。
稼働状況は、2021年7月現在で131回洪水調整しており、年平均7-8回程です。
稼働時
地下トンネルから流れ込む水の勢いを調整するための調圧水槽は、長さ177メートル・幅78メートルの広さがあり、59本の巨大なコンクリート柱が林立しています。
この部分がいわゆる「神殿」と呼ばれる場所です。
高さ18メートル、重量500トンの巨大な柱59本が天井を支える光景が、神殿のように見えるためです。
巨大水槽内の空間に整然と太い柱が立ち並ぶ様子は、一種の荘厳さを感じさせ、あたかも地下神殿のような雰囲気を持っています。
そのため、メディアなどでも「地下神殿」と呼ばれることが多く、テレビ番組、特撮作品、映画、広告、ミュージック・ビデオ、ウェブサイトのロケ地としても度々利用されています。
撮影や取材の対応状況は、2015(平成27)年度が合計154件(テレビ撮影24件、映画撮影1件、書籍取材68件ほか)、2016(平成28)年度が合計159件(テレビ撮影33件、映画撮影2件、書籍取材61件ほか)と、かなり頻繁に行われています。
さすがは世界最大級の放水路です。
巨大地下神殿
その貯水量はおよそ67万立方メートルで、東京・池袋のサンシャイン60ビルの体積とほぼ同じです。
洪水防止のみを目的とすることから、通常時は水を取り込まず空堀で、人も立ち入れる巨大な地下空間となっています。
インフラツーリズムにおける名所の一つとしても捉えられ、施設の一部については、完成後の早い時期から湛水時以外を条件に、予約さえすれば一般見学が可能となっています。
この見学は、国土交通省関東地方整備局江戸川河川事務所による見学会という形で執り行われてきました。
2018(平成30)年4月27日には、民間企業の協力によってさらなる集客を図る狙いをもって、首都圏外郭放水路利活用協議会が東武トップツアーズ(東武グループの旅行会社)と連携協定を締結し、見学ツアーの実施などへの取り組みを本格化させました。
立坑の所在や詳細は下記の通りです。
首都圏外郭放水路の全施設の管理は、庄和排水機場に設置されている首都圏外郭放水路管理支所が行っています。
第1立坑…春日部市西金野井685地先に所在。
第五から第二までの立坑からの通水の最終流入施設で、江戸川排水施設として庄和排水機場に繋がっている。
最大排水量 200立方メートル/秒、直径 31.6メートル、掘削深度 GL-72.1メートル。
第2立坑…春日部市金崎地先に所在。
第18号水路流入施設。
最大流入量 4.7立方メートル/秒、直径 31.6メートル、掘削深度 GL-71.5メートル。
第3立坑…春日部市樋籠地先に所在。
倉松川・中川流入施設。
最大流入量 125立方メートル/秒、直径 31.6メートル、掘削深度 GL-73.7メートル。
第4立坑…春日部市不動院野地先に所在。
幸松川流入施設。
最大流入量 6.2立方メートル/秒、直径 25.1メートル、掘削深度 GL-69.0メートル。
第5立坑…春日部市小渕地先(座標)に所在。
大落古利根川の流入施設。
最大流入量 85立方メートル/秒、直径 30メートル、掘削深度 GL-74.5メートル。
第1立坑から第5立坑まで、全部で5本ある立坑は、首都圏外郭放水路でつながっています。
各立坑の深さは約70メートル、内径約30メートル、スペースシャトルや自由の女神がすっぽり入るほど巨大です。
第2立坑から第4立坑には、電動開閉装置のついた天板が取り付けられ、管理車両などの搬入を簡単に行うことができます。
また、第3立坑には、エレベータで下まで降りると、潜水艦にあるような防水扉が二重に設置されています。
この防水扉は立坑の外側にエレベータを含めた機械設備があるため、流入した水が流れ込まないようにするためのものです。
また、第3立坑と第5立坑は壁に沿って水が流れ落ちるドロップシャフトと呼ばれる方式を採用しています。
これによって流入口の変形を防ぎ、60メートルの高さから水が落下することによる底盤への衝撃を和らげています。
立坑
排水ポンプは4台設置されており、それぞれに原動機として三菱MFT-8型タービンエンジンを備えています。
MFT-8型エンジンは、元々航空機用ジェットエンジン(P&W JT8D)が原型で、これを元にかつて高速船テクノスーパーライナー用の舶用エンジンとしてのMFT-8型が開発されました。
庄和排水機場に設置されているものは、これが更にポンプ駆動用とされたタイプです。
タービン
最大排水量は 200立方メートル/秒にもおよび、50メートルプールの水をわずか12秒ほどで全て吸い出す能力に相当します。
とにかくとんでもない排水能力で、巻き込まれたら一巻の終わりです。
50メートルプール
また、この施設の建築に伴い、「地底探検ミュージアム 龍Q館」という施設も作られました。
こちらは、庄和排水機場内に併設された博物館です。
2003(平成15)年に開館したこの博物館の通称は、「龍Q館」です。
龍Q館
運営および管理は、首都圏外郭放水路管理支所ではなく、国土交通省江戸川河川事務所と春日部市が共同で行っています。
施設名のうち、「龍」は地元・庄和地区(旧・庄和町)に伝わる「火伏の龍の伝説」にちなんでおり、「Q」は “aqua(水)” から採っています。
龍Q館には、首都圏外郭放水路に関する様々な資料や模型が展示されています。
施設見学の集合場所にもなっているので、ツアーに参加する場合はこちらに赴くことになります。
龍Q館 内観1
龍Q館 内観2
龍Q館 内観3
ちなみに首都圏外郭放水路への洪水の取り込みは、中川、倉松川、大落古利根川、18号水路、幸松川の堤防に設けられた越流堤で行われます。
川の水位が上昇して越流堤の高さを超えると、自然に流入施設に流れ込む仕組みです。
流入施設の入口には、スクリーンでゴミをとらえ、これを連続的にかき上げられる除塵機を設置し、大きなゴミが流入しないようになっています。
全体像
日本はもともと水が豊富な国ですが、その反面、常に治水との闘いです。
その手段の一つとして造られたのが、今回ご紹介した『首都圏外郭放水路』です。
首都圏の地下にこんな巨大な施設とトンネルがあったということをご存じだった方も、そうでない方も、興味があれば一度見学に行ってみることをおすすめします。
ちなみに要予約で、大雨や台風のシーズンは避けたほうが望ましいです。